『BENZO ESQUISSES 1920-2012』について
1920年に北海道で生まれた井上弁造さんは、2012年に92歳で逝くことになる。
遠い少年時代、北海道開拓の過酷な生活のなかで絵を描くことに目覚め、通信制の似顔絵講座からはじまった絵描きへの夢は、弁造さんの人生そのものだったといえるだろう。
ただ、人生は思い通りにいかないことの方が多い。誰の人生にもあることだが、弁造さんは結局、自らの夢を叶えることができなかった。一生を通じて絵を描き続けたにもかかわらずたった一度の個展を開くこともなく逝ってしまった。果たして、そのような人を“絵描き”と呼んでいいものかと迷うときもある。そんなとき、僕は決まって弁造さんが暮らした小さな丸太小屋に遺されていた膨大なエスキース(習作)を思い起こす。晩年の弁造さんはエスキースばかり描き、絵を完成させることをしなかった。「自らの理想とする絵に近づくために」というのがその理由だったが、執拗にエスキースを描き続けた弁造さんの姿を思い返すと、僕には別の目的があったのではないかと思えてくる。弁造さんは最期まで切実な思いを持って絵を描き続けるために、最期まで絵を描くことを愛していると言い放つために、絵を完成させなかったのではないだろうか。
弁造さんが逝って今年で11年目、僕は変わることなく弁造さんが遺した庭に立ち、「弁造さん」という存在を僕のなかに取り込んでいった。僕はそうすることでしか、弁造さんが生きることが遠ざかるのを防ぐことができなかった。でも、今思うのは、庭と絵を愛し続けたその人生は弁造さんのものだ。この気づきがカメラをエスキースに向けるという行為のはじまりでもあった。
今日、エスキースを弁造さんに返そうと思う。
2023年7月5日
奥山淳志
写真集『BENZO ESQUISSES 1920-2012』の体裁について
2023年8月1日 500部 私家版発行
定価6000円(税別)
仕様
上製本
300×225mm
全176ページ(4色170ページ、1色16ページ)
用紙
紙クロス=バクラム/サンシャイン
見返し=NTラシャ
本文=ガルバスCoC、オペラ・ホワイトマックス